当方でも給与計算業務を行っていますが、20年近い経験の中で、一度もミスが無かったかというとそうはいきません。
一般の会社で自社で給与計算を行っている場合でも、絶対にミスが起きないということはないため、どうしても過払いが起きたり、逆に少なく支払ったりということが発生します。
では、実際に過払いが起きた場合、単純に翌月の給与から過払い分を控除してしまっても良いのでしょうか?
今回はこのあたりを解説したいと思います。
労働基準法との関係
先ほども書いたように給与計算は、人間が行うものなので、どうしてもミスが起こります。多いのは、社会保険料の額の間違い(特に標準報酬月額が変更になったとき)、家族手当の額(子供が生まれて増額しなければならないのにそのままにするなど)、通勤手当の額(引っ越しして通勤手当の額が変わったのにそのままにしたとき)、介護保険の対象になったのに控除し忘れたなど、あげればきりがありません。
特に、過払いが起きた場合には、問題が大きくなる可能性があります。
過払いが発生した場合、会社としては、その分を返還してもらいたいと考えるのは普通なことで、その場合、翌月の給与で調整するというケースが多いようです。
しかし、会社が独断で翌月給与での調整を行うことは、本当に許されるのでしょうか?
労働基準法では第24条で以下のように定めています。
(賃金の支払)
第二十四条
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
2.賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金については、この限りでない。
いわゆる賃金支払の5原則を定めた条文ですが、この中に、「その全額を支払わなければならない」とあります。
過払いが発生した翌月にその分を控除して支払ってしまうとこの全額払いの原則に反してしまうようにも思えます。
しかし、上記条文の中には、労働者代表との労使協定があれば、賃金の一部を控除しても構わないとしているので、例えば、給与計算ミスがあり、過払いが生じた場合には翌月の給与で控除するという旨の内容で労使協定が締結されていれば控除は可能ということになります。
労使協定が無い場合はどうするか?
しかし、多くの会社ではおそらくこの労使協定は締結していないと思います。
では、その場合は控除できないかというと必ずしもそうではありません。
過去の判例において、裁判所は以下のような考えを示しています。
「賃金計算の過誤等により過払いが発生することは避け難いところであり、過払いが生じた場合に、これを精算ないし調整するため、のちに支払われるべき賃金から控除できるとすることは、賃金支払事務における実情から合理的理由がある。」
ただし、翌月以降の給与から控除する場合、以下の点にも留意する必要があります。
・控除は合理的に接着した時期において行う
・あらかじめ労働者に予告する
・1回の額が高額にならない
つまり、労働者の生活の安定を脅かすおそれのない状態で行う必要があるということになります。
よって、翌月以降の給与で調整すること自体は構いませんが、労働者にはミスがあったことを説明、謝罪したうえで、1回に控除する金額を相談しつつ決めることが重要です。
例えば、過払い額が数十万円に及ぶのに、それを翌月一括で、しかも会社が独断で決定することは許されないと考えたほうがよいでしょう。
まとめ
給与計算上ミスがあった場合、翌月以降の給与で調整することは構いませんが、労働者にはその経緯を説明し、真摯に対応する必要があります。
少額であれば、翌月に一括で調整しても構いませんが、高額になる場合は、労働者と相談して一括で控除するのか、数ヶ月の分割で控除を行うのか労働者の意見を聞いて決定する必要があると思います。
また、会社側はできるだけ、賃金控除に関する労使協定を適切な形で締結することをお勧めします。